
「水泳のプル(pull)って結局なんのことだろう?」
「コーチに『腕で水をかいて』って言われるけど、プルと同じ意味なのかな?」
「水を押すのと引くのって、どっちが正しい意識なんだろう?」
練習中にコーチや動画でよく耳にする「プル」という言葉。なんとなく「腕で水をかくことかな」と思いつつ、実は意味があやふやなまま泳いでいる方も多いのではないでしょうか。
結論からお伝えすると、水泳のプル(pull)とは「前に伸ばした腕で水をとらえ、自分の体の方へ引き寄せてくる動作」のことです。
「水を後ろに押す」のではなく「水に手をかけて、自分が前へ進む」—この感覚の差が、一掻きで進む距離を変えます。
この記事では、僕が現役で泳いできた経験と、これまで多くのスイマーを見てきた経験から、プル(pull)の意味・1ストロークの中での位置づけ・推進力を生む5つの意識・よくある3つの失敗パターン・陸とプールでできる練習ドリルまで、順を追って解説していきます。
水泳の「プル(pull)」とは?ひとことで言えば「水を引く」動作
英語のpullは「引く」「引き寄せる」という意味の動詞です。
水泳におけるプル(pull)もそのままで、前方に伸ばした腕で水をとらえ、体の方へ引き寄せてくる動作を指します。
具体的には、手を水中に入れた直後から胸の横あたりまで、腕で水を引いてくる局面がプルです。クロール・背泳ぎ・バタフライ・平泳ぎ、すべての種目に共通する基本動作で、ストロークの中でもっとも推進力を生む中心区間でもあります。
プル = 水を「押す」のではなく、「手でとらえて自分の体に引き寄せる」動作
この一行を頭の片隅に置いておくだけで、これから紹介するコツや失敗の理由がすっと入ってくるはずです。
1ストロークの3局面:キャッチ・プル・プッシュとプルの位置づけ
水泳のストロークは、入水から手が抜けるまでの動作を3つの局面に分けて考えると整理しやすくなります。
- キャッチ(Catch)
水中に入れた手で水を「つかむ」瞬間。手のひらと前腕で水の壁を作る局面です。 - プル(Pull)
つかんだ水を体の方に「引いて」くる動作。推進力の大半を担うもっとも重要なフェーズです。 - プッシュ(Push)
胸の横を通過した手を、太ももの方向へ「押し切る」動作。プルで稼いだスピードを抜けで伸ばす仕上げの局面です。
つまり、プルは「キャッチで掴んだ水を、プッシュへつなぐまでの中核区間」に位置します。
キャッチが甘ければ、プルでかける水がそもそもありません。プルが弱ければ、プッシュで押し切る水も残りません。3局面はすべて連続しているので、どれか1つだけを切り出して上達させようとしてもうまくいきません。とはいえ、その中心にあるのがプルなので、ここを理解するとストローク全体の見え方が変わってきます。
なぜ「押す」ではなく「引く」と表現するのか?
「水泳って、結局は水を後ろに押して進む動作なのでは?」と思っている方は多いのですが、これは半分正解で半分違います。
確かに最終的には水を後方に送り出して、その反力で進みます。ただ、最初から手を「押す道具」として使うと、肘が早く伸びて水が逃げてしまうのです。
意識として持っておきたいのはこちらです。
- 手のひらと前腕で水を「つかむ」(キャッチ)
- つかんだ水を動かさず、水に対して自分の体を引き寄せていく(プル)
外から見ると水中で手が動いているように見えても、感覚としては「手は動かさず、自分の体が前に進んでいく」のが理想です。これは「固定された壁に手をかけて、自分の体を引き寄せる」動作と近いイメージで、登り棒や鉄棒の懸垂を横向きに寝かせたようなものとも言えます。
水の抵抗そのものを推進力に変える仕組みについては、水の抵抗を理解して速くなろうでも掘り下げて書いていますので、合わせて読んでいただくとイメージがつながりやすいと思います。
プルで推進力を伸ばす5つの意識
ここからが本題です。「水を引く」という意識を前提に、一掻きの推進力を実際に伸ばすために大切な5つのポイントを順に紹介していきます。すべてを一度に意識する必要はなく、自分が一番気になるところから一つずつ試してみるのがおすすめです。
①ハイエルボー(高い肘)で水をつかむ
プルでもっとも大切なのがハイエルボー、つまり肘を高い位置に保ったままかいてくる意識です。
肘が下がって手だけが先に動いてしまうと、手のひらが水面と平行になり、水を「すくう」だけの動きになってしまいます。肘を立てたまま前腕を垂直に近づけられると、手のひらと前腕全体が一枚の大きな水の壁になり、引ける水の量が一気に増えます。
②腕の力ではなく広背筋で引く
「プル=腕の動作」と思いがちですが、実際に大きな出力を生むのは広背筋(背中の大きな筋肉)です。
腕の力だけで水を引こうとすると、長距離どころか100mすらすぐにバテてしまうという経験はありませんか?腕は「水をつかむフック」、引く力は「背中」—この役割分担を頭に入れるだけで、同じテンポでも一掻きの進みが変わってきます。
③体の前でキャッチを終え、できるだけ早く引き始める
入水してから水をかき始めるまでが遅いと、前に伸ばした腕がブレーキになってしまいます。
理想は入水→ストレッチ→キャッチ→プル開始までを体の前で完結させること。腕が肩のラインを過ぎる前にキャッチが完了している状態が、もっとも効率よく水をとらえられる位置だと感じています。
④水をつかんだら、手は「動かさない」感覚で
これは、僕がこれまで多くのスイマーを見てきて感じる「上達者と伸び悩む人の差」がもっとも出るポイントです。
伸び悩んでいるときは「水を後ろに送る」ことに意識が向き、手を後方に勢いよく振りがちです。
上達してくると水中の手を動かさず、自分の体を前へ送り出す感覚で泳げるようになっていきます。
同じ手の通過軌跡でも、前者は手だけが動いて水が後ろに流れるだけ、後者は水がほとんど動かず体だけが前に進んでいく—あとから動画で見比べると、後者の方が明らかに進んでいることが分かります。
⑤プル→プッシュへの「持ち替え」をスムーズに
プルとプッシュは別動作ではなく、1本の流れです。プルでお腹の下まで水を引いてきたら、そのまま腕を太もも方向へ伸ばし、最後まで押し切ります。
プルの終わりで力を抜いてしまうと、プッシュで押し切るための水が残りません。プル6:プッシュ4くらいの配分を目安に、最後の蹴り出しまで意識を切らさないことが、終盤の伸びにつながります。
プル動作でよくある3つの失敗と直し方
「コツの裏返し」として、プルでつまずきやすいパターンを3つ紹介します。当てはまるものがあるかどうか、自分の泳ぎを思い浮かべながら読んでみてください。
失敗①:肘が落ちて手だけが下がる(ドロップエルボー)
肘が手より先に落ちてしまい、前腕が斜めになって水が逃げてしまうパターンです。プルの動作で一番起きやすいクセだと感じます。
直し方の一例:入水後、手より先に肘を高く保つ意識を持つこと。陸上で「肘を体の前で立てて壁を作る」シャドウプルを10回×3セットほどやると、ハイエルボーの感覚が掴みやすくなります。
失敗②:プルの途中で肘が早く伸びる(伸び切り)
「水を押そう」という意識が強すぎる方に出やすい失敗です。プルの局面で肘が伸びてしまうと、水を引かずに押すだけの動きになり、推進力が大きく落ちます。
直し方の一例:胸の真下を通過するまでは肘の角度をキープすること。胸を通過してから初めて肘を伸ばしていく意識で動かすと、引いてから押すへのつながりが整理されます。
失敗③:外側に大きく開く(ワイドプル)
体の外側を大きくかいてしまい、進行方向に対して横向きの力ばかり使ってしまう失敗です。これだと体が左右に蛇行し、引いた力が推進方向に乗りにくくなります。
直し方の一例:「体の真下のラインを引く」意識を持つこと。プールの底のセンターラインに沿って手を動かすイメージで、肩幅以内に収まるくらいの軌道を目安にしてみてください。
プル力を伸ばす練習ドリル(陸+プール)
意識だけで変えにくい部分は、ドリルや陸トレで体に入れていくのが近道です。ここでは、僕がこれまで多くのスイマーに勧めてきた中で反応が良かったものを、陸とプールに分けて紹介します。
陸トレ:広背筋を起こす2種目
- ラットプルダウン(またはタオル懸垂風プル):10回×3セット。「腕で引く」のではなく「肘で引く」意識を体に入れる種目です。
- ベントオーバーロウ:10回×3セット。前傾姿勢で肘を体側に引きつける動作で、水中のプルとほぼ同じ筋肉が働きます。
器具がない場合は、セラバンドやチューブを柱にかけて引っ張るだけでも十分に効きます。プル系の補強に向いた道具やパドル類は練習道具のガイドにもまとめていますので、自宅トレ用の備えとしても参考になればと思います。
プール内ドリル:4本のおすすめメニュー
- キャッチアップクロール(25m×8本):両手が前で必ずタッチしてから次のプルを始めるドリル。一掻きの推進力を体感したいときに向いています。
- スカーリング(前方)(25m×4本):手のひらで水をつかむ感覚を養うドリル。プル以前の「キャッチ感覚」が一気に整います。
- パドルプル(50m×4本):手のひらが大きくなった感覚で広背筋に効かせるドリル。やりすぎると肩に負担がかかるので、ドリル時間内に限定するのがおすすめです。
- 片手クロール(25m×4本):片方の手は前に伸ばしたまま、もう片方だけでプル→プッシュをこなすドリル。フォームの粗が見えやすく、左右差にも気づけます。
ドリル後は、覚えた感覚をゆっくりとした泳ぎに乗せていく「インテグレーション」が大切です。意識した感覚は、本気のスピードに戻したときに崩れやすいので、間に必ず軽く泳ぐ時間を挟んでみてください。練習中の水分補給もプル力の維持には欠かせない要素です。
パドル・プルブイを自分で持ちたい方への定番セレクト
パドル類は、フォームができていないうちに使うと肩を痛めやすいので、ハイエルボー+広背筋の感覚が芽生えてから使うのがおすすめです。そのうえで一本目に選ぶなら、日本製の老舗「ストロークメーカー(ソルテック)」が無難で長く使えます。プル強化ドリルの定番です。
そしてキックを止めて腕に集中するドリル(プル練習)では、足の間にビート板をはさんで使うのが定番です。市販のプルブイを買い足さなくても、arenaのビート板1枚で兼用できるので、最初の一枚としてはこれが汎用性の高い選択肢になります。
このほかのパドル・フィン・プル系の補強器具については練習道具のガイドに種類ごとに整理してありますので、用途に合わせて選んでみてください。
プルに関するよくある質問(FAQ)
Q1. プルとプッシュとキャッチの違いは?
キャッチは「水をつかむ瞬間」、プルは「つかんだ水を体の方に引く動作」、プッシュは「胸の下を過ぎてから後方へ押し切る動作」です。1ストロークの中で連続して起きる3つのフェーズだと考えていただくのが分かりやすいと思います。
Q2. プル板(プルブイ)を使うと上手になる?
プル板(プルブイ)は脚を浮かせて上半身だけで泳ぐ補助具です。腕の動作に集中できるメリットはあるのですが、使いすぎると本来のフォームから離れてしまうので、ドリル全体の2〜3割程度に留めるのがおすすめです。
Q3. S字プルとI字プル、結局どちらが正しい?
かつてはS字(S-curve)が主流でしたが、現代の競泳ではI字(まっすぐ後ろに引く)が主流になっています。一般スイマーの方はまずI字で体の真下を引くことを覚え、感覚が育ってから細かなS字の動きを取り入れていくと安心です。
Q4. プル力を上げる一番の近道は?
「肘の角度をキープしたまま、胸の真下を引いてくる」感覚を体に入れることだと考えています。これは陸トレ+片手クロール+スカーリングの3点セットで継続して取り組むと、変化を感じやすい組み合わせです。クロールの全体的なフォームについてはクロールの呼吸で体が沈む3つの原因と直し方もあわせて読んでいただくと、フォーム全体の理解が深まります。
まとめ:プルの本質を理解すると、一掻きが変わる
- プル(pull) = 水を「引く」動作。手でとらえて自分の体に引き寄せる動きです。
- 1ストロークはキャッチ→プル→プッシュの3局面。中でもプルが推進力の中核を担います。
- 推進力を伸ばす5つの意識=ハイエルボー / 広背筋 / 体の前でキャッチ完了 / 手を動かさず体を進める / プル→プッシュをスムーズに。
- つまずきやすい3つのパターン=ドロップエルボー / 肘の伸び切り / ワイドプル。直し方をひとつずつ試してみてください。
- 陸トレ(広背筋)+プール内ドリル(キャッチアップ・スカーリング・パドルプル・片手クロール)で感覚を体に入れていく。
「プルとは何か」を頭で理解し、5つの意識のうち気になるところから一つずつ試していく。これだけで、いつもの一掻きが、少しずつ遠くまで体を運んでくれるようになります。
今日のスイミングから、ぜひ「水を押す」ではなく「水に対して自分を引き寄せる」感覚を試してみてください。
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