「知って楽しい水泳こぼれ話」、第5回です。今回は、2004年アテネ五輪の豪州代表選考会で起きたイアン・ソープの失格と、その後の代表入りをたどります。
先に結論
ソープは男子400m自由形の予選スタート前に台上でバランスを崩して水へ落ち、フライングで失格となりました。決勝を泳いで2位になったわけではありません。決勝2位のクレイグ・スティーブンスが後に400m代表枠を辞退し、豪州水泳界の選考を経てソープが代表入りしました。
選考会の予選でスタート前に落水
2004年3月、ソープは400m自由形予選でスタート台から水へ落ち、当時のルールにより失格となりました。ABCの当時報道では、本人はスタート台上でバランスを崩したと説明しています。競技開始後の泳ぎや着順ではなく、スタート前の失格でした。
決勝の代表圏はハケットとスティーブンス
ソープが失格したため、決勝ではグラント・ハケットが優勝し、クレイグ・スティーブンスが2位に入りました。この時点で400m自由形の代表資格を得たのはこの2人です。ソープが決勝で2位だった、または自動的に「次点」だったという説明は誤りです。
スティーブンスが代表枠を辞退
その後、スティーブンスは400m自由形の代表枠を辞退しました。Australian Olympic Committeeは、ソープがシドニー2000で得たタイトルを守れるよう、自身の400m出場権を譲った出来事として紹介しています。
ただし、選手同士が五輪枠をそのまま私的に譲渡したわけではありません。辞退によって枠が空き、豪州側の選考を経てソープが400m代表に選ばれた、と段階を分けて理解する必要があります。
アテネでソープは400mと200mを制した
アテネ五輪でソープは400m自由形を制してタイトルを守り、200m自由形でも金メダルを獲得しました。4×200m自由形リレーでは銀メダルを獲得しています。選考会の失格が大きく報じられるのは、その後に結果を出したからこそです。
スティーブンスもアテネで銀メダル
スティーブンスはアテネ五輪1500m自由形で8位に入り、4×200m自由形リレーでは予選を泳いで豪州の銀メダル獲得に貢献しました。「ソープのために五輪出場を諦めた」のではなく、自身も別種目で五輪を戦っています。
個人種目のフライングとリレー引き継ぎを混同しない
この出来事は、個人種目のスタート前に水へ落ちた失格です。リレーの引き継ぎでは、前泳者のタッチと次泳者の足が台を離れるタイミングを判定します。両者は別のルールであり、リレー判定の数値をこの事例へ当てはめる説明は避けます。
まとめ
ソープは代表選考会400m自由形の予選で失格し、決勝を泳いでいません。ハケットとスティーブンスが代表圏に入り、その後スティーブンスが400m枠を辞退したことでソープが選考されました。劇的な逸話ほど、「落水」「失格」「決勝」「辞退」「再選考」の順序を省略せずに伝えることが重要です。
参考にした公式情報・当時報道
- ABC News – Rules under scrutiny as Thorpe fall-out continues
- ABC News – Thorpe bounces back from surprise disqualification
- Australian Olympic Committee – Ian Thorpe
- Australian Olympic Committee – Craig Stevens



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