
クロールは、現代の競泳でもっとも速い泳法として知られています。自由形(フリースタイル)のレースでは、ほぼすべての選手がこのクロールを選びます。
ただ、クロールは「最初から世界の主流だった」わけではありません。19世紀のヨーロッパでは平泳ぎが主流で、クロールに似た泳ぎ方は「行儀の悪い泳ぎ」とすら見られていた時期があります。そこから100年以上をかけて、オーストラリアでの体系化、アメリカでのキック改良、日本でのフジヤマのトビウオ世代の活躍を経て、クロールは少しずつ「世界で最も速い泳法」へと変わっていきました。
本記事では、なぜクロールが世界で最速の泳法と呼ばれるようになったのかを、古代から現代までひと続きの物語として整理していきます。
クロールはどう生まれたか ── 古代から近代へ
「人が腕を交互に回して泳ぐ」というスタイルは、実はかなり古くから存在していたとされます。古代エジプトの壁画や古代ギリシャ・ローマの記録のなかにも、現在のクロールに似た腕の動きで泳ぐ人物の描写が残っています。クロールの原型自体は新しい発明ではなく、人類が水と向き合うなかで自然に生まれた泳ぎ方に近い、と言ってよさそうです。
ところが19世紀のヨーロッパでは、競技として整えられていた泳ぎは長らく平泳ぎが主流でした。「顔を上げたまま静かに進む平泳ぎが上品」という空気のなかで、頭を水に沈めて手足を激しく動かす泳ぎは「正式な競技向きではない」とみなされにくい時期が続きます。
流れが変わるきっかけのひとつは、1844年にロンドンで開かれた水泳大会です。アメリカ大陸の先住民系のスイマーが、両腕を交互に回しながら脚で水を激しく打つ泳ぎ方で、平泳ぎ主体のイギリス勢を圧倒したと伝えられます。「速いがマナー違反だ」といった反応も残っているといわれますが、「平泳ぎ以外でも速く泳げる」という事実は、ここからヨーロッパの水泳界に強く印象づけられていきます。
ちなみに、ここで「主役」だった平泳ぎの歩んできた長い物語については、平泳ぎの長い物語:最も古い泳法が歩んできた進化の道に整理しています。あわせて読むと、4泳法の関係がさらに立体的に見えてきます。
フレデリック・キャヴィルとオーストラリアン・クロールの誕生
クロールが「速い泳ぎ方」から「体系化された競技泳法」へと脱皮していく舞台になったのが、19世紀末のオーストラリアです。中心人物として知られるのが、イギリス出身でシドニーに渡った水泳指導者フレデリック・キャヴィル(Frederick Cavill)と、その6人の息子たちです。
キャヴィル親子は、太平洋諸島出身の少年スイマー、とくにソロモン諸島出身のアレック・ウィッカム(Alick Wickham)が、両腕を交互に回し脚を上下に打ちながら水しぶきを上げて泳ぐ姿を観察したと伝えられています。当時のヨーロッパの常識から見れば「行儀の悪い泳ぎ」に映ったそのスタイルが、実際にはとても速いことに彼らは注目しました。
そこから、両腕を交互に回しながら左右に呼吸をし、脚で水を上下に打つ動きが競技用の泳法として体系化されていきます。のちに「オーストラリアン・クロール」と呼ばれるようになる泳ぎです。キャヴィル6兄弟がイギリス・アメリカ・オーストラリアなどで指導者・競技者として活動し、世界へ広める役割を果たしました。クロールという呼び名そのものも、この時期に定着していきます(英語のcrawlは「這う」の意味で、水面を這うように進む姿に由来するといわれます)。
アメリカン・クロールへの進化と6ビートキックの確立
オーストラリアン・クロールが世界に広がると、今度はアメリカでさらに改良が加えられていきます。20世紀初頭に活躍したチャールズ・ダニエルズ(Charles Daniels)は、それまで2回や4回で打たれていたキックを1ストロークに対して6回打つ「6ビートキック」へと整理し、短距離自由形のレース戦略を大きく塗り替えました。1904年セントルイスから1912年ストックホルム五輪にかけて自由形で複数のメダルを獲得し、彼が体系化した泳ぎは、のちに「アメリカン・クロール」とも呼ばれるようになります。
もうひとり外せないのが、ハワイ出身のデューク・カハナモク(Duke Kahanamoku)です。1912年ストックホルム・1920年アントワープと自由形100mで五輪金メダルを獲得し、世界記録も次々と更新しました。サーファーとしても知られる彼の泳ぎは、ローリングを使ったしなやかなフォームで、現代のクロールにつながる動きの原型のひとつとされています。
1908年ロンドン・1912年ストックホルム・1920年アントワープと、五輪のたびに自由形のタイムは大きく短縮されていきます。ヨーロッパで19世紀まで主流だった平泳ぎと比べて、クロール系の泳ぎはこの20年ほどで一気にスピードを伸ばし、「自由形 = 速いクロール」という事実上の構図が世界の常識として固まっていきました。
オリンピックと自由形種目 ── クロールが「自由形」になった経緯
1896年の第1回アテネオリンピックから、競泳には「自由形(フリースタイル)」種目が含まれていました。実は「自由形 = クロール」ではないのがポイントです。自由形は、World Aquatics(旧FINA)のルールで「背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ以外であれば、どの泳ぎ方でもよい」と定義されていて、原理的には立ち泳ぎでも横泳ぎでも違反ではありません。
ただ、ここまで見てきたように、19世紀末から20世紀初頭にかけてクロール系の泳ぎが圧倒的に速いことが繰り返し示されました。その結果、「自由形のレースに出るならクロールを選ぶのが当然」という流れが定着し、現在の自由形レースでは事実上ほぼ全選手がクロールを選択している状態が続いています。
一方で、個人メドレーや400mメドレーリレーの最終種目は「自由形」と表記されますが、ルール上は「メドレーの他の3泳法と同じ泳ぎ方を選んではいけない」という制限があります。つまりここでも、選手は実質的にクロールを選ぶことになります。「自由形」というレース名と、「クロール」という泳法名がほとんど同義に語られるのは、こうしたルールと歴史の積み重ねによるものです。
World Aquaticsの自由形規定では、ターンとフィニッシュの際に体の一部が必ず壁に触れること、スタートとターンの後で15mを超えて潜水しないことなどが定められています。これらのルールも、クロールを前提に整理されてきた経緯があります。
4泳法のなかでも特殊な位置にあるのが個人メドレーで、ここではクロール(自由形パート)を含む4泳法すべてを一人で泳ぎます。種目としての成立過程は個人メドレーはどう生まれたか?4種目を一人で泳ぎ抜く競技の物語にまとめています。
日本のクロール史 ── フジヤマのトビウオから現代まで
日本にクロールが本格的に伝わったのは、20世紀初頭から1920年代にかけてとされます。アメリカやヨーロッパで活躍する日本人選手が、現地の指導者からクロールを学び、日本に持ち帰っていきました。
日本のクロールが世界に強烈な印象を残したのが、1932年ロサンゼルス五輪・1936年ベルリン五輪の競泳種目です。日本男子は自由形・背泳ぎを中心に多数のメダルを獲得し、海外メディアから「日本水泳の黄金期」と呼ばれる成績を残しました。当時の日本選手の小柄な体格でも、技術と練習次第で世界の上位に食い込めることが、ここで証明されたといえます。
戦後の日本クロール史を語るうえで欠かせないのが、古橋廣之進(ふるはし ひろのしん)と橋爪四郎(はしづめ しろう)です。1948年・1949年ごろの自由形400m・1500mで世界最高クラスの記録を連発し、海外紙から「フジヤマのトビウオ」と称されました。第二次世界大戦直後、敗戦から立ち上がろうとしていた時代の日本にとって、彼らの泳ぎは大きな希望でもあったといわれます。
それ以降も日本の自由形は、男子400m・800m・1500m、女子50m・100mを中心に世界レベルの選手を継続的に輩出してきました。近年では男子400mリレー・800mリレーといったリレー種目で日本がアジア記録を更新する場面も増え、長距離・短距離・リレーそれぞれで層が厚くなっています(個別の選手名・記録については、World Aquaticsや日本水泳連盟の公式情報がもっとも確実です)。
クロールと同じ時代を歩んだ背泳ぎが、なぜ仰向けで泳ぐ独自の泳法として整理されてきたのかについては、背泳ぎはなぜ仰向けで泳ぐ?水面を見上げて進む泳法の物語もあわせて読むと、4泳法のなかでのクロールの位置づけがよりはっきり見えてきます。
キックの進化 ── 6ビート・4ビート・2ビートの使い分け
クロールのキックは、1ストロークに対して脚を何回打つかで「6ビート」「4ビート」「2ビート」と呼び分けられます。それぞれに特徴があり、距離やスタイルによって使い分けられているのが現代のクロールです。
- 6ビート:1ストロークに対して6回キック。短距離(50m・100m)で多く使われ、推進力と回転数を稼ぎたいときに向きます。
- 4ビート:中距離(200m・400mあたり)で見られるリズムで、6ビートと2ビートの中間的な位置づけです。
- 2ビート:長距離(800m・1500m)やオープンウォーター・トライアスロンで多用されます。脚の負担を抑え、酸素を温存しながら長く泳ぐためのキックです。
ここで興味深いのは、速い人ほど一律に6ビートを使うわけではないという点です。短距離スプリンターでも、後半の伸びを重視する選手はあえてキックを抑えるパターンがありますし、長距離選手でも勝負どころで一時的に6ビートに切り替える選手もいます。
現代では、ストロークレート(1分あたりのストローク数)とキック数を計測しながら、自分の体格・距離・レース展開に合った最適なリズムを探っていくのが一般的です。練習のなかで「自分はこの距離なら2ビートのほうが楽」「この距離なら6ビートを混ぜるとタイムが伸びる」と試していくと、クロールの幅が一気に広がります。
高速水着・タッチパッド・解析技術 ── 21世紀の進化
21世紀のクロール史を語るうえで外せないのが、2008年北京五輪のレーザーレーサー問題です。ポリウレタン系素材を使った高速水着が一気に普及し、男女ともに自由形を中心に世界記録が次々と書き換えられました。あまりに更新が続いたため、World Aquatics(当時FINA)は2010年から競技用水着の素材・形状を厳しく制限します(現行規定では男子はジャマー型、女子はニースキン型、素材は基本的に織布のみといった制約があります)。
計測技術の進化も、クロールの戦い方を変えました。スタート・ターン・フィニッシュを0.01秒単位で判定するタッチパッド、水中の動きを多角度で記録する水中カメラ、フォームの細部を解析するモーションキャプチャー。こうした技術の積み重ねで、現代のクロールは「フィーリングで速く泳ぐ」時代から「データを根拠に微調整する」時代へと移ってきています。背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライがストローク・キックの形に明確なルールを持つ一方、クロールは「自由」だからこそ、技術革新を反映しやすい泳法とも言えます。
比較として、4泳法のなかで唯一の20世紀生まれであるバタフライがどう進化してきたかをまとめたのがバタフライはなぜ生まれた?平泳ぎから派生した最も新しい泳法の物語です。クロールとはまた違うスピードで進化してきた泳法として読み比べると面白いです。
歴史を知るとクロールの上達ヒントが見える
クロールが歩んできた道のりを振り返ると、自分の泳ぎを見直すヒントもいくつか見えてきます。僕がふだんスイマーの方に伝えていることとも、結構重なっています。
- キャヴィル親子が観察した少年スイマーの泳ぎがそうだったように、クロールの本質は「水と争わず、自然に体を運ぶ」こと。腕や脚を頑張って動かすほど速くなるわけではない、という前提を持つだけで、フォームへの向き合い方が変わります。
- アメリカン・クロール期に確立された6ビートキックは万能ではなく、距離やレース展開で2ビート・4ビート・6ビートを使い分けるのが現代の標準。自分の得意距離に合うキックリズムを探してみる価値があります。
- フジヤマのトビウオ世代が示したように、体格が小さくても、技術と泳ぎ込みで世界と戦えたというのは、いまでも勇気づけられる事実。フォームを丁寧に整える時間は、決して遠回りではありません。
- 現代の自由形は計測と分析の世界。タイムだけでなくストローク数・呼吸サイドの偏り・25mごとのラップなどを見るだけで、自分の課題が見えやすくなります。
歴史を「自分のクロールを見直す視点」として読み直すと、ふだん何気なくやっている動作の意味も少しずつ立体的になってきます。
クロールの歴史に関するよくある質問(FAQ)
Q1. クロールと自由形は同じものですか?
ルール上は別物です。自由形は「背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ以外なら何でもよい」種目で、クロールはそのなかの「特定の泳法」を指します。ただし現代の自由形レースでは、もっとも速いという理由から事実上ほぼ全員がクロールを選ぶため、実用上は「自由形 = クロール」と理解されることが多いです。
Q2. クロールはいつ日本に入ってきたのですか?
20世紀初頭から1920年代にかけて、海外で活動していた日本人選手や指導者を通じて伝わったとされます。1932年ロサンゼルス五輪・1936年ベルリン五輪で日本男子が自由形を中心に多くのメダルを獲得し、ここで日本のクロールが世界に強い印象を残しました。
Q3. キャヴィル親子は誰ですか?
イギリス出身でオーストラリア・シドニーに渡った水泳指導者フレデリック・キャヴィル(Frederick Cavill)と、その6人の息子たちのことです。太平洋諸島出身のスイマー(とくにソロモン諸島出身のアレック・ウィッカム)の泳ぎ方を観察し、両腕を交互に回しながら脚で水を上下に打つ「オーストラリアン・クロール」を競技用に体系化したと伝えられています。
Q4. 6ビートと2ビート、どちらが速いのですか?
距離と選手のタイプによります。短距離(50m・100m)では推進力と回転数を稼げる6ビートが選ばれやすく、長距離(800m・1500m)やトライアスロンでは脚を温存できる2ビートが向きます。プロ選手のなかにも「短距離で6ビート、長距離で2ビート」と切り替える人もいて、一律に「速い」「遅い」と決められるものではありません。
Q5. クロールは初心者でも泳げますか?
はい、十分に習得できます。ただし、いきなり25mを息継ぎ込みで泳ごうとせず、けのび → ばた足 → 片手クロール → 両手クロール → 呼吸を入れたクロールの順で段階を踏むのがおすすめです。歴史的にも、競技として整えられたクロールは「腕の動きを整理 → キックを整理 → 呼吸を整理」と段階的に進化してきました。自分のフォームづくりも、同じ順番で組み立てると挫折しにくいです。
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競泳ルールの変遷を横串で見たい人へ
本記事はクロール史に絞ってその歴史を追いましたが、4泳法に共通するルール変遷(スタート判定・潜水距離・装備規制・タッチパッド導入など)を横串で整理した記事もあります。あわせてどうぞ。



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