「知って楽しい水泳こぼれ話」、第8回です。
今回は競泳ファンなら誰もが一度は耳にしたあの話、マイケル・フェルプス選手の「1大会8冠」について、改めて並べてみます。なんとなく「すごい」のは知っているけれど、中身を眺めると改めて「人間ってここまでいけるんだ……」と感心するしかない記録なんです。
北京2008の記録
8種目に出場し、8種目すべてで金メダル
- 個人:5種目
- リレー:3種目
- 記録:世界新7、オリンピック新1
- 100mバタフライ:2位と0.01秒差
2008年北京、1大会8つの金
舞台は2008年8月の北京オリンピック。会場は「ウォーターキューブ」の愛称で知られる国家水泳センターでした。当時のフェルプス選手は23歳。アテネ五輪ですでに6つの金を獲っていたとはいえ、ここで彼が狙ったのは「1大会で8つの金メダル」というとんでもないラインでした。
それまでの記録は、1972年ミュンヘン五輪でアメリカのマーク・スピッツ選手がマークした「1大会7冠」。約36年間、誰も塗り替えられなかった伝説の数字です。フェルプス選手はその金字塔をあっさり超えていきました。
8つのうち7つが世界新
もっと驚かされるのは、その内訳です。フェルプス選手が獲った8つの金のうち、世界新記録での優勝が7種目。世界新じゃなかったのは100mバタフライ1種目だけ、という構成でした。
「金を獲るだけでも難しいのに、ほぼ全部世界新って何の冗談ですか」と当時の僕も呆然と見ていた記憶があります。普通、世界新は1大会で1本出れば大ニュース。それを1人の選手が1週間で7本というのは、もうスポーツの枠を超えた何かに見えました。
世界新7本の内訳
8つの金メダルを、記録の種類と一緒に並べます。
| 種目 | 記録 |
|---|---|
| 400m個人メドレー | 世界新 |
| 4×100mフリーリレー | 世界新 |
| 200m自由形 | 世界新 |
| 200mバタフライ | 世界新 |
| 4×200mフリーリレー | 世界新 |
| 200m個人メドレー | 世界新 |
| 100mバタフライ | オリンピック新 |
| 4×100mメドレーリレー | 世界新 |
正しくは、個人種目で4つ、リレーで3つの世界新です。残る100mバタフライもオリンピック新。金メダルの数だけでなく、8レースすべてが大会記録以上だったことに、この8冠の密度が表れています。
100mバタフライだけ別格の名勝負
唯一世界新を出せなかった100mバタフライですが、これがまた「世界新じゃない代わりに伝説のレース」になりました。セルビアのミロラド・チャビッチ選手と最後の一搔きまでもつれて、わずか0.01秒差でフェルプス選手が制したレースです。
水中映像が世界中で繰り返し検証されたあのフィニッシュは、競泳ファンならご記憶の方も多いはずです。世界新が出なくても、ドラマとしては8レースの中で一番濃かったかもしれません。
8種目の中身を眺めてみる
北京で獲った8つの金は、自由形・バタフライ・個人メドレー・リレーにまたがります。個人は100〜400m、さらに3本のリレーまで泳ぎ切った対応力がフェルプス選手の大きな特徴です。
競泳選手は通常、適性や大会日程を考えて出場種目を絞ります。フェルプス選手はバタフライ、自由形、200m・400m個人メドレーに加え、3本のリレーでも金メダルを獲得しました。個人の力だけでは成立しないリレーを含む点も、この記録の難しさです。
水着の話も外せない
2008年北京では、スピード社のレーザー・レーサー(LZR Racer)に代表される高速水着も注目されました。生地や縫製、体を覆う範囲などの技術競争が進み、多くの世界記録が生まれた時代です。ただし、フェルプス選手の8冠を水着だけで説明することはできません。
2009年には全身を覆う高機能水着による記録ラッシュがさらに進み、国際水連(現World Aquatics)は2010年から素材と着用範囲を制限しました。北京の8冠は高速水着時代の記録ですが、同じ条件で戦った選手の中で8種目を勝ち切った事実は変わりません。
スケジュールの密度がそもそも異常
8種目に出るには、個人種目の予選・準決勝・決勝に加え、リレーも泳ぎます。8月10日の400m個人メドレーから17日の400mメドレーリレーまで、連日のレースで回復・食事・ウォームアップを組み立てる必要がありました。
当時は「1日1万キロカロリー以上」という食事記事も広まりましたが、本人は後にその数字を否定しています。裏づけの難しい食事量より、8日間にわたり高い水準を維持した競技日程そのものを見るほうが確かです。
サポート役のリレーメンバーが熱い
個人種目だけでなく、3本のリレー(400mフリーリレー、800mフリーリレー、400mメドレーリレー)で金を獲れたことも8冠成立の鍵でした。当時のアメリカ代表は、ジェイソン・レザック選手、アーロン・パーソル選手、ブレンダン・ハンセン選手など、フェルプス選手以外もそうそうたる顔ぶれ。
特に有名なのが400mフリーリレー決勝、最終泳者のジェイソン・レザック選手がフランスのアラン・ベルナール選手をラスト50mで逆転した一戦。フェルプス選手はプールサイドで雄叫びを上げていました。あの瞬間がなければ「8冠」は1つ足りずに終わっていたわけで、チームメイトに恵まれた要素も間違いなく大きかったはずです。
約18年たった2026年も破られていない
北京から約18年。2024年パリ五輪まで4大会が行われましたが、1大会8冠に並ぶ選手は現れていません。World Aquaticsも、フェルプス選手を「1大会で8つの金メダルを獲得した史上唯一の選手」と紹介しています。
記録というのは「いつか抜かれるためにある」と言いますが、この8冠だけは「いやこれは抜かないでくれ」と思ってしまうんですよね。歴史の節目みたいな数字って、たまにあるものです。
それまでのレジェンド、マーク・スピッツ
「8冠を破られた側」のマーク・スピッツ選手にも触れておきます。1972年のミュンヘンで、自由形・バタフライを中心に7つの金を獲り、しかも全種目で世界新を出したという、当時としては前代未聞の存在でした。
北京の前夜、フェルプス選手の8冠挑戦が話題になった頃、スピッツ選手はインタビューで「達成して欲しい。記録は破られるためにある」と語っていた、と伝えられています。1人の伝説が次の伝説にトーチを渡した瞬間でもあって、北京の8冠ってその先にあるドラマも含めて、後から思い返しても背筋が伸びる出来事です。
日本目線で見ても豊作な大会だった
2008年北京は日本競泳にとっても印象深い大会でした。北島康介選手が100m・200m平泳ぎで2大会連続の2冠を達成し、男子4×100mメドレーリレーは銅メダル。フェルプス選手の8冠と同じ大会で、日本勢にも大きな見せ場がありました。
まとめ
1大会で金8つ、しかも7種目で世界新。あらためて文字にしてみると、本当に「何の冗談ですか」と聞きたくなる記録でした。ちょっと現実離れした数字を眺めて「人間ってすごいなぁ」と思ってもらえたら、それで十分です。



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