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伝説のスイマーたち ── 競泳史を彩った15名の物語

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競泳の歴史をたどっていくと、必ずどこかで足を止めたくなる選手たちに出会います。世界記録を何度も塗り替えた人。たった一度の五輪で時代の象徴になった人。引退してなお、その名前が泳ぎ方の代名詞として残り続けている人。「伝説のスイマー」と呼ばれるのは、そういう特別な物語を残してきた人たちです。

この記事では、4泳法それぞれの歴史を彩ってきた15名を、種目・距離・時代のバランスを取りながらご紹介します。クロール背泳ぎ平泳ぎバタフライ個人メドレーの歴史記事と合わせて読んでいただくと、それぞれの泳ぎがどんな選手の手で進化してきたかが立体的に見えてくると思います。


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  1. 伝説のスイマーをどう選ぶか ── 本記事の選定方針
  2. 1. Duke Kahanamoku ── 自由形短距離・クロール普及の祖
  3. 2. Johnny Weissmuller ── 自由形短距離・100m1分切りの先駆者
  4. 3. Mark Spitz ── 自由形&バタフライ・1972ミュンヘン7金
  5. 4. 古橋廣之進 ── 自由形中長距離・フジヤマのトビウオ
  6. 5. Ian Thorpe ── 自由形中距離・21世紀初頭の覇者
  7. 6. Janet Evans ── 自由形長距離・女子長距離女王
  8. 7. Roland Matthes ── 背泳ぎ・絶対王者の連勝記録
  9. 8. Krisztina Egerszegi ── 背泳ぎ・3大会連続金の女王
  10. 9. 鈴木大地 ── 背泳ぎ100m・バサロ革命
  11. 10. 鶴田義行 ── 平泳ぎ200m・男子日本初の五輪連覇
  12. 11. 岩崎恭子 ── 平泳ぎ200m・14歳金メダリスト
  13. 12. 北島康介 ── 平泳ぎ100/200・二大会連覇
  14. 13. Mary T. Meagher ── バタフライ・Madame Butterfly
  15. 14. Michael Phelps ── バタ&IM・史上最多メダリスト
  16. 15. Tamás Darnyi ── IM・完璧主義者の二大会連覇
  17. 伝説のスイマーから学べること ── 共通項を読み解く
  18. 4泳法それぞれの歴史も合わせてどうぞ
  19. 伝説のスイマーに関するよくある質問(FAQ)
    1. Q1. 「伝説のスイマー」と呼ばれる基準はあるのでしょうか?
    2. Q2. 池江璃花子選手や瀬戸大也選手が入っていないのはなぜですか?
    3. Q3. もっと多くの選手を知りたい場合はどうすればいいですか?
    4. Q4. 日本人選手はもっと多く取り上げてほしいのですが?
    5. Q5. 伝説の選手たちの泳ぎは映像で見られますか?
  20. 個別の相談が必要な方へ

伝説のスイマーをどう選ぶか ── 本記事の選定方針

「伝説」という言葉は、本来、長い時間が経ってからその人について語り継がれて初めて成立するものです。だからこの記事では、現役で泳いでいる選手は基本的に取り上げず、すでに引退して、その功績が時代を超えて語られ続けている15名に絞りました。

選定の軸はシンプルに3つです。① 4泳法+個人メドレーの種目バランス② 短距離・中距離・長距離の距離バランス③ 男女・世界・日本の幅。これだけだとどうしても抜け落ちてしまう名選手は多いのですが、池江璃花子選手や瀬戸大也選手のように現役で活躍されている方々については、いずれ「伝説」と称えられるその時代を待ちたいと思います。

では、ここから一人ずつ、その物語をたどっていきます。


1. Duke Kahanamoku ── 自由形短距離・クロール普及の祖

Duke Kahanamoku(デューク・カハナモク/1890-1968/米・ハワイ)は、現代のクロールが世界に広まっていく流れの最初に立っていた選手です。1912年ストックホルム五輪と1920年アントワープ五輪で100m自由形を連覇し、五輪100m自由形を二大会連続で制した最初のスイマーになりました。

カハナモクの泳ぎは「ハワイアン・クロール」とも呼ばれ、足を上下にしっかり打つビートと、長くゆったりとしたストロークを組み合わせたものでした。サーフィンの普及にも大きく貢献した人物として知られていて、競泳とサーフィンの両方の歴史に名前が残っています。クロールがどう世界に広まったかの歴史を読むと、カハナモクが立っていた位置がよく見えてくると思います。


2. Johnny Weissmuller ── 自由形短距離・100m1分切りの先駆者

Johnny Weissmuller(ジョニー・ワイズミューラー/1904-1984/米)は、1922年に100m自由形を初めて1分以内(58.6秒)で泳いだ選手です。それまで「クロールで1分を切ることはできるのか」と議論されていた壁を、現役時代に何度も塗り替えながら越えていきました。

1924年パリ五輪と1928年アムステルダム五輪で計5つの金メダルを獲得し、現役を退いたあとはハリウッドに転身。映画『ターザン』シリーズの主役として、別の世界でも一時代を築きました。「水泳のスーパースターが映画スターになる」という流れを世界で最初に成立させた人物でもあります。スピードを追求する自由形短距離の系譜は、彼から始まったと言ってもいいかもしれません。


3. Mark Spitz ── 自由形&バタフライ・1972ミュンヘン7金

Mark Spitz(マーク・スピッツ/1950-/米)の名前と切り離せないのが、1972年ミュンヘン五輪での「7冠」です。100m自由形・200m自由形・100mバタフライ・200mバタフライの個人4種目に加え、3つのリレーすべてで金メダル。しかも、出場した7種目すべてで世界記録を更新しての金獲得でした。

1大会7冠は、その後36年間にわたって誰にも越えられなかった記録です(後述するMichael Phelpsが2008年北京で8冠を達成するまで)。自由形とバタフライ、両方の短距離・中距離で世界の頂点に立てる選手は、今でも世界的に見て珍しい存在で、スピッツはその先駆けでした。バタフライの歴史を見ても、彼の名前は重要な節目のひとつとして残っています。


4. 古橋廣之進 ── 自由形中長距離・フジヤマのトビウオ

古橋廣之進(ふるはし ひろのしん/1928-2009/日本)は、戦後復興期の日本にとって象徴的な存在でした。1949年8月、ロサンゼルスで行われた全米選手権の400m自由形・800m自由形・1500m自由形でいずれも世界新記録を樹立。アメリカの新聞には「The Flying Fish of Fujiyama(フジヤマのトビウオ)」と書かれ、その名は日本中を勇気づけました。

当時の日本はまだ国際大会への復帰が制限されていた時期で、世界記録を出しても五輪に出場できない年が続きました。それでも記録を更新し続けたという事実が、戦後の日本社会にとって大きな希望になったのです。後年、日本水泳連盟会長や日本オリンピック委員会会長を歴任され、没後に文化勲章を追贈されています。クロールの歴史のなかで、日本人選手の系譜を語るうえで外せない一人です。


5. Ian Thorpe ── 自由形中距離・21世紀初頭の覇者

Ian Thorpe(イアン・ソープ/1982-/豪)は、2000年シドニー五輪・2004年アテネ五輪を席巻したオーストラリアの中距離自由形の絶対王者です。「Thorpedo(ソーピード/魚雷)」の異名で呼ばれた長身と大きな足、そして圧倒的なストロークの推進力で、200m自由形・400m自由形を中心に世界を引っ張りました。

キャリア通算で世界記録を10回以上更新し、五輪では金5・銀3・銅1の計9個のメダルを獲得。2004年アテネ五輪200m自由形は、フェルプス・ファン・デン・ホーヘンバンドという当時の最強3人が並んだ「Race of the Century(世紀のレース)」と呼ばれ、ソープが制しました。中距離自由形の魅力を世界に強く印象づけた選手です。


6. Janet Evans ── 自由形長距離・女子長距離女王

Janet Evans(ジャネット・エバンス/1971-/米)は、女子の自由形長距離で長く頂点に立ち続けた選手です。1988年ソウル五輪で400m自由形・800m自由形・400m個人メドレーの3冠を達成。当時17歳で、世界中が彼女のしなやかなクロールに釘付けになりました。

特に女子800m自由形の世界記録は、1989年に樹立してから2008年に破られるまで約19年間にわたって保持されました。400m自由形・1500m自由形の世界記録もそれぞれ十数年単位で残り続け、女子長距離の歴史を塗り替えた人物として記憶されています。1996年アトランタ五輪では聖火点火セレモニーの最後の走者の一人としてトーチを掲げ、競技以外の場面でも象徴的な存在になりました。


7. Roland Matthes ── 背泳ぎ・絶対王者の連勝記録

Roland Matthes(ローランド・マテス/1950-2019/旧東ドイツ)は、背泳ぎという種目を語るうえで、絶対に外せない名前です。1968年メキシコシティ五輪と1972年ミュンヘン五輪で、100m背泳ぎ・200m背泳ぎの両方を連覇。100mと200mを二大会連続で完全制覇したのは、男女通じて他にいません。

さらに、1967年から1974年までの約7年間、背泳ぎの主要な国際レースで負けなしという連勝記録を残しています。100m背泳ぎ世界記録を7回、200m背泳ぎ世界記録を9回、計16回の世界記録更新。「Rolls Royce of Backstroke(背泳ぎのロールス・ロイス)」と呼ばれた滑らかなストロークは、背泳ぎの歴史の中でも特別な位置を占めています。


8. Krisztina Egerszegi ── 背泳ぎ・3大会連続金の女王

Krisztina Egerszegi(クリスティーナ・エゲルセギ/1974-/ハンガリー)は、女子背泳ぎ史上もっとも完成された選手の一人です。1988年ソウル五輪では14歳で200m背泳ぎ金メダル。当時の競泳における最年少金メダリストとなりました。

続く1992年バルセロナ五輪では100m背泳ぎ・200m背泳ぎ・400m個人メドレーで3冠。1996年アトランタ五輪でも200m背泳ぎを制し、200m背泳ぎ三大会連続金という偉業を達成しました。同一個人種目を3大会連続で勝ち続けるのは、競泳においても極めて稀なことです。背泳ぎという種目を、技術的にも記録的にも一段上に引き上げた女王と言っていい存在です。


9. 鈴木大地 ── 背泳ぎ100m・バサロ革命

鈴木大地(すずき だいち/1967-/日本)は、1988年ソウル五輪100m背泳ぎで金メダルを獲得。日本競泳陣としては16年ぶりの五輪金メダルでした。決勝では、世界記録保持者のアメリカのデビッド・バーコフを0.13秒差で振り切る大接戦を制し、日本中を熱狂させました。

このとき武器になったのが、スタート直後に潜水したまま行う「バサロキック」です。鈴木選手は通常の25m潜行を30mまで伸ばし、世界に衝撃を与えました。あまりの効果に、その後ルールが改正されて潜水距離が制限されるようになったほどです。引退後は2015年に発足したスポーツ庁の初代長官を務め、現役時代とはまた違ったかたちで日本のスポーツ界を支えています。背泳ぎの歴史のなかでも大きな転換点になった一戦でした。


10. 鶴田義行 ── 平泳ぎ200m・男子日本初の五輪連覇

鶴田義行(つるた よしゆき/1903-1986/日本)は、日本競泳史の出発点に立っている選手です。1928年アムステルダム五輪200m平泳ぎで金メダルを獲得し、競泳における日本人初の五輪金メダリストになりました。

そして4年後の1932年ロサンゼルス五輪でも200m平泳ぎを制し、日本人初の五輪連覇者となりました。当時の平泳ぎはまだ現代の形にはなっておらず、両手両足を同時にかく独特のフォームで競っていた時代。1929年7月には京都で2分45秒0の世界記録も樹立しています。平泳ぎの歴史のなかで、日本という国がこの種目に強い理由を考える時、必ず最初に名前が挙がる人物です。


11. 岩崎恭子 ── 平泳ぎ200m・14歳金メダリスト

岩崎恭子(いわさき きょうこ/1978-/日本)は、1992年バルセロナ五輪200m平泳ぎで14歳という若さで金メダルを獲得した選手です。当時の世界ランキングは決して高くなく、決勝で2分26秒65(当時の五輪新記録)を出したのは大方の予想を覆す走りでした。

レース直後のインタビューで語った「いままで生きてきた中で、いちばん幸せです」は、その年の流行語になり、今も多くの人の記憶に残っています。日本の平泳ぎの系譜が、戦前の鶴田義行から、戦後の選手たちを経て、また新たな世代へとつながった瞬間でもありました。


12. 北島康介 ── 平泳ぎ100/200・二大会連覇

北島康介(きたじま こうすけ/1982-/日本)は、2004年アテネ五輪と2008年北京五輪で、100m平泳ぎ・200m平泳ぎを二大会連続で制した選手です。五輪史上初めて、平泳ぎ100m・200mの両方で二大会連続金メダルという偉業を達成しました。

独自の身体の使い方とテクニックを徹底的に磨き上げ、世界記録を何度も更新。アテネ五輪200m平泳ぎ後に語った「チョー気持ちいい」は、日本中の合言葉のように広がりました。日本の平泳ぎが世界の中心にある理由のひとつは、間違いなくこの人の存在です。平泳ぎの歴史を読むと、その流れの先端に北島選手がいることがよくわかると思います。


13. Mary T. Meagher ── バタフライ・Madame Butterfly

Mary T. Meagher(メアリー・T・ミーガー/1964-/米)は、女子バタフライの歴史を一段押し上げた選手です。「Madame Butterfly(蝶の貴婦人)」と呼ばれ、1981年に樹立した100mバタフライ57秒93、200mバタフライ2分05秒96という世界記録は、それぞれ約18年・約19年にわたって破られませんでした。

1984年ロサンゼルス五輪では100mバタフライ・200mバタフライ・4×100mメドレーリレーで3つの金メダル。当時の彼女のタイムは、その後何十年も経ってからの五輪でも上位に食い込めるレベルだったと言われ、女子バタフライの完成度を一気に時代の先まで持っていった存在です。バタフライの歴史を語るとき、必ず名前が出てきます。


14. Michael Phelps ── バタ&IM・史上最多メダリスト

Michael Phelps(マイケル・フェルプス/1985-/米)は、五輪史上もっとも多くの金メダルを獲得したアスリートです。通算で五輪金23個・全28個(金23・銀3・銅2)。これだけのメダルを獲った選手は、今のところ他にいません。

象徴的なのは2008年北京五輪。1大会で出場した8種目すべてで金メダルを獲得し、Mark Spitzが1972年ミュンヘンで打ち立てた1大会7冠の記録を更新しました。バタフライ100m・200mと、200m・400m個人メドレーが主戦場で、両方を世界の頂点で泳ぎ続けた稀有な選手です。バタフライ個人メドレー、それぞれの歴史記事を読むと、フェルプスがどれだけ複数の種目で時代を引っ張ったかが見えてきます。2016年リオ五輪を最後に現役を引退しました。


15. Tamás Darnyi ── IM・完璧主義者の二大会連覇

Tamás Darnyi(タマシュ・ダルニュイ/1967-/ハンガリー)は、個人メドレーという種目を完成させた選手と言われています。1988年ソウル五輪で200m個人メドレー・400m個人メドレーの両方を世界記録で制し、続く1992年バルセロナ五輪でも200m・400mを連覇。個人メドレー2種目を二大会連続で制した最初の男子スイマーです。

1985年から1993年に引退するまで、個人メドレーの主要な国際レースで負けたことがほとんどないという驚異的な期間。200m個人メドレーを長水路で初めて2分以内で泳いだ選手でもあります。バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ・自由形のすべてで世界トップレベルの動きを身につけた「完璧主義者」と呼ばれた泳ぎは、個人メドレーの歴史を語るうえで欠かせないお手本になりました。


伝説のスイマーから学べること ── 共通項を読み解く

15名を並べてみると、生きた時代も国も種目もばらばらなのに、不思議と共通している要素がいくつか浮かび上がってきます。

  • 泳ぎ方そのものを変えてしまうほどの革新性。カハナモクのハワイアン・クロール、鈴木大地のバサロキック、Phelpsの長身を活かしたストローク。彼らが現れたあと、世界の泳ぎ方は同じではなくなりました。
  • 長く続く時間軸。Roland Matthesの7年連勝、Janet Evansの19年保持された世界記録、Mary T. Meagherの19年保持された200mバタフライ世界記録。一瞬の輝きではなく、長い期間にわたって頂点を保ち続ける強さを持っています。
  • ドラマチックな逆転。岩崎恭子選手のノーマークからの金、鈴木大地選手のバサロ延長による0.13秒差。記録の数字だけでは語りきれない、レース当日の決断と勇気がありました。
  • 引退後の貢献。古橋廣之進の日本水泳連盟会長、鈴木大地の初代スポーツ庁長官、Weissmullerの俳優転身。競技を退いてからの人生も、それぞれの形でスポーツの世界を広げてきました。

「伝説」というのは、結局のところ、その人がいなくなったあとも残り続ける物語のことなのかもしれません。記録は更新されていきますが、なぜその記録が生まれたのか、どうやってそこまで泳ぎが進化したのか、という物語の部分は、あとから来る僕たちの泳ぎの土台になっています。


4泳法それぞれの歴史も合わせてどうぞ

本記事で名前を挙げた選手たちが、どんな種目の歴史のなかでどう位置づけられているかは、それぞれの泳法の歴史記事を読んでいただくとよりはっきり見えてきます。気になる泳ぎから読み進めていただくのもおすすめです。


伝説のスイマーに関するよくある質問(FAQ)

Q1. 「伝説のスイマー」と呼ばれる基準はあるのでしょうか?

明確な基準があるわけではありません。一般的には、① 五輪での顕著な成績、② 世界記録の更新と長期保持、③ 泳ぎ方そのものを変えるような革新性、④ 引退後も語り継がれていること、このいずれか(あるいは複数)に当てはまる選手が「伝説」と呼ばれることが多いように思います。本記事では、これらをバランスよく満たし、かつすでに引退している15名を選びました。

Q2. 池江璃花子選手や瀬戸大也選手が入っていないのはなぜですか?

現役の選手は本記事では取り上げていません。「伝説」という言葉は、どうしても引退後の長い時間を経て定まっていく性質があるからです。今まさに泳いでいる選手たちが、いずれ「伝説」と称えられるようになる日を、僕も楽しみにしています。

Q3. もっと多くの選手を知りたい場合はどうすればいいですか?

本記事の各選手の名前で検索すると、Wikipediaやオリンピック公式サイト、International Swimming Hall of Fame(国際水泳殿堂)など、信頼できる情報源が豊富にあります。またクロール背泳ぎ平泳ぎバタフライ個人メドレーの各歴史記事のなかでも、本記事に書ききれなかった選手の名前が出てきますので、そちらも合わせてどうぞ。

Q4. 日本人選手はもっと多く取り上げてほしいのですが?

今回はバランスを取って4名(古橋廣之進・鈴木大地・鶴田義行・岩崎恭子・北島康介)を選びました。日本の水泳史にはこの他にも木原光知子選手、千葉すず選手、入江陵介選手など、語り継がれるべき名選手が多くいらっしゃいます。今後別の記事で扱う機会があれば、改めてご紹介していきたいと思います。

Q5. 伝説の選手たちの泳ぎは映像で見られますか?

古い時代の選手はモノクロ映像が中心ですが、IOCの公式YouTubeチャンネルやOlympics.comに各五輪のハイライト映像が残っています。1972年以降の選手については、決勝の全レースが見られることも多いです。当時の泳ぎ方と現代の泳ぎ方を見比べると、フォームの進化が一目でわかって、それ自体が大きな学びになります。


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