

コーチ、ずっと気になってたんですけど…スタートやターンで壁を蹴ったあと、すぐドルフィンキックを打ち始めるのと、一度けのびで滑ってから打つの、どっちが正解なんですか?

あぁ、それはマスターズの方から中高生まで、本当によく聞かれる質問だよ。「すぐ打ったほうが速いはず」「いや、グライドしてからが正解」ってね。

ですよね!で、結局どっちなんですか…?

結論から言うと、どちらが絶対の正解、というものはないんだ。蹴り出しの速さ、種目、距離、そして自分のキック力によって、最適なタイミングは変わってくるからね。

えっ、正解が一つじゃないんですか…!

ただ、判断の軸ははっきりしてるよ。「スピードが落ち始める前にキックを始める」というシンプルな考え方なんだ。今日は両者の特徴・落とし穴・自分に合うタイミングの見つけ方を、丁寧に整理していくね。
まず結論|「スピードが落ちる前」にキックを始める

まず結論からいくね。押さえてほしい要点はこの3つだよ👇
- 正解 → 「スピードが落ちる前にキックを始める」
- やりがちな失敗 → すぐ打つと姿勢崩れ・抵抗増、けのびしすぎると減速
- 自分に合う見つけ方 → 自分の蹴り出し速度を見極める
「すぐ」か「けのび後」かに正解はなく、減速する前に打てるかが鍵。

「すぐ」か「けのび後」かじゃなくて、減速する前に打てるかどうか、なんですね!

そこが本質なんだ。ここから一つずつ詳しく見ていこう。
蹴った直後すぐキック vs けのび後キック・実際何が違うのか

まずは両者の違いをはっきりさせておこう。
すぐキック派の動き

すぐキック派は、壁を蹴った瞬間、ほぼ間を置かずにドルフィンキックを打ち始めるパターン。トップスプリンターに多い動きで、「蹴り出し→1キック目」までの時間が極端に短いのが特徴だよ。

狙いはどこにあるんですか?

壁を蹴ったエネルギーが減速する前に、自分の力で推進力を上書きしていくこと。蹴り出し速度に頼らず、キックで稼ぐ意識が強い泳ぎ方なんだ。
けのび後派の動き

けのび後派は、壁を蹴ったあと、けのびの姿勢で一定時間滑ってからキックを始めるパターン。距離系・ミドル種目のスイマーに多くて、「蹴り出しで得たスピードを使い切ってから次の動作」という発想だよ。

ただ滑ってるだけ、って感じじゃないんですね。

そう。けのびのフォームが整っているスイマーほど、この時間を「ただ滑る」んじゃなくて、最も速い区間として味わうように泳げるんだ。
違いの本質はどこにあるのか

両者の差は、「蹴り出しのスピードを使い切る前に動き始めるか、使い切ってから動き始めるか」なんだ。

そしてここがこの記事のいちばん大切な部分なんだけど、実はどちらの選択も「間違い」じゃない。蹴り出しのスピード自体が人によって違うから、最適なタイミングも人によって違うだけなんだよ。

なるほど…人によって正解が違うんですね!
蹴り出し速度のピーク・グライド減速曲線の話

少しだけ理屈の話をさせてね。とはいえ難しくないから、安心して聞いて。
蹴り出した瞬間が最速

レースで一番速い瞬間は、実は「壁を蹴り終わった直後」なんだ。クロールでも背泳ぎでも、自分のストロークやキックでこの速度を超えることはほぼないんだよ。

泳いでる最中より、蹴った直後のほうが速いんですか…!

そうなんだ。スタート・ターンの直後は「いま現在の自分が出せる最高速」に乗っている状態。これをいかに長く活かせるかが、レース全体のタイムに直結するんだ。
そこから速度は落ちていく

ただ、この最高速はずっとは続かない。水の抵抗を受けて、滑っている時間が長くなるほどスピードは落ちていくんだ。

水の抵抗って、いろんな種類があるんでしたっけ?

そう、水の抵抗には摩擦抵抗・形状抵抗・造波抵抗の3つがあって、それぞれ速度域や姿勢によって効き方が違うんだ。詳しくはこの記事で整理してるよ。
キックは「加速」ではなく「減速の遅延」

ここが意外と知られていないんだけど、水中ドルフィンキックは、蹴り出し直後のスピードを「さらに上げる」ものじゃなくて、「落ちにくくする」ものなんだ。

加速じゃなくて、減速を遅らせる役割なんですね!

もちろん、キックでうまく加速できる瞬間もあるよ。ただ全体としては、蹴り出しのスピードを「いかに長く保つか」に大きく寄与するのがキックの役割なんだ。なぜキックがレース結果を大きく左右するのか、その物理的な理由はこちらにまとめているよ。

つまり、「速度がまだ高いうちにキックを始められれば、その高い速度を長く維持できる」――というのが、いわゆる「すぐキック」発想の一見もっともらしい理屈なんだ。

一見もっともらしい…ってことは、落とし穴があるんですね?

そこなんだ。ここで大事なのが水の物理特性でね。水の抗力そのものは速度の2乗に比例して、それを打ち消すのに必要なエネルギー(仕事率)は速度の3乗に比例することが、国内研究でも数多く報告されているんだ。

つまり、蹴り出し直後のいちばん速い瞬間にキックを打って姿勢を崩すと、その瞬間の抗力増加コストが極めて大きい。逆に、速度が少し落ち始めた瞬間にキックを入れる方が、ストリームラインを崩すコストが相対的に小さく、トータルで速いという結論になるんだ。これが、けのびで最高速を活かしてから落ち際でキックを始める指導の物理的根拠だよ。

速度の3乗…!だから一番速い瞬間に姿勢を崩すと損が大きいんですね。
すぐキック派の罠(姿勢崩れ・抵抗増)

「じゃあ、すぐキックしたほうが得じゃないかな」って思っちゃいそうですけど…。

その気持ちは分かるよ。でも、すぐキック派には大きな落とし穴があるんだ。
姿勢が整う前に動いてしまう

壁を蹴った直後は、まだ体の軸・腕の重なり・頭の位置が完全には整っていない瞬間でもあるんだ。

このタイミングで急いでキックを打つと、整っていない姿勢のまま体を動かすことになる。結果として、せっかくの蹴り出しスピードを姿勢の崩れで打ち消してしまう、というもったいないことが起きやすいんだよ。
抵抗が増えるとキックの効果が消える

キックは推進力を生む動きだけど、同時に体のラインを乱す動きでもあるんだ。けのびで作っていた一直線のラインが、キック1発目でわずかに崩れた瞬間、形状抵抗・造波抵抗の両方が一気に増える。

推進力より抵抗のほうが大きくなっちゃう、ってことですか…。

まさに。「キックで生まれた推進力 < 姿勢崩れで増えた抵抗」という収支マイナスの状態が、すぐキック派の典型的な失敗パターンなんだ。
「焦って打つ」のがいちばんもったいない

レースの緊張で、つい蹴り出した瞬間に1発目を打ち急いでしまう人は多いんだ。気持ちはよく分かるけど、焦って打つ1キックほど効果が薄いものはないんだよ。

「すぐ打つ」と「焦って打つ」は違う、ってことですね!

そう、そこは別物なんだ。ぜひ意識してみてね。
けのび後派の罠(減速しすぎ)

逆に、けのびを長く取りすぎる人にも、別の落とし穴があるよ。
気持ちよく滑っているうちに止まりかける

けのびのラインがきれいに整っているスイマーほど、滑っている感覚が気持ちよくて、つい長く保ってしまう傾向があるんだ。

でも、水中で滑っている時間は、当然スピードが落ち続けている時間でもある。気がついたら、自分のキック・ストロークで出せる最高速よりも、すでに遅くなってしまっていた――というケースは本当に多いんだ。

気持ちいいからって滑りすぎると、逆に遅くなっちゃうんですね…。
そこから加速し直すのはしんどい

一度落ち切ったスピードを、自分の力でもう一度加速し直すのは、とてもエネルギーを使うんだ。レース中盤・後半に効いてくる無駄な疲労だよ。

けのびの姿勢自体はとても大切で、ここが整っていないと話が始まらない。けのび姿勢の整え方は別記事で詳しく解説しているから、こちらも合わせて見てみてね。
「滑り続ける気持ちよさ」と「速度維持」は別物

けのびで気持ちよく滑れている=速い、ではないんだ。

気持ちよさはスピード維持の指標にはなりにくいから、感覚だけに頼るのは少し危険でね。次に、もう少し客観的な判断基準を考えていこう。
「スピードが落ちる前に始める」が、いちばんシンプルな正解

すぐキック派にも、けのび後派にも、それぞれ落とし穴があることをここまで見てきたね。じゃあ、判断軸はどこに置けばいいのか。

僕が現役で泳いできた経験と、多くのスイマーを見てきた経験から、いちばん納得感のある答えはこれだよ。
「自分のキック・ストロークで出せる最高速まで落ちる前に、次の動作を始める」

これは、すぐキック派にも、けのび後派にも、同じように当てはまる軸なんですね。
蹴り出しスピードと自分の最高速を比べる

イメージとしては、蹴り出しのスピードが「天井」で、自分のキック・ストロークで出せるスピードが「床」。蹴り出し直後はずっと天井に近い速度で滑っているけど、放っておくと床に向かって落ちていくんだ。

この「床」に達する直前、もしくは少し前にキックを始めて、できるだけ高い位置でスピードを引き継いでいく。これが理想の流れだよ。
キック力が高い人ほど、長くけのびできる

面白いのは、「自分のキックで出せる最高速」が高い人ほど、けのびを長く取る余裕があるということなんだ。

どうしてですか?

キックが速い人は「床」が高い位置にあるから、蹴り出し速度がそこまで落ちる前にキックを始めれば良い。だから少し長く滑っても問題が起きにくいんだ。

逆に、キックがそこまで得意じゃない人は、「床」が低い位置にある。蹴り出し速度をできるだけ早めにキックで引き継がないと、間延びした水中時間になりやすいんだ。「キックに自信がないから、けのびを長くして稼ぐ」というのは、実は逆効果になっていることが多いんだよ。

自信がないからこそ長く滑る…って、逆効果だったんですね…!
自分の蹴り出し速度の見極め方

でも「自分の蹴り出し速度」とか「キックの最高速」って、感覚だけで掴むのは難しそうっすね。

そうだよね。だから実用的な見極め方をいくつか紹介するよ。
初心者・お子さんへの教え方:まず「1秒我慢」

個別レッスンでは、初心者のスイマーやお子さんに、もっとシンプルな目安を伝えているんだ。それが「壁を蹴ったら、1秒我慢してからキックを始めよう」だよ。

たった1秒、ですか?

そう、たった1秒。でもレース緊張下で焦って打ってしまう癖がある人には、これがちょうどいいブレーキになるんだ。1秒けのびで滑ってから打ち始めることで、姿勢が整う時間が確保されて、結果的にキック1発目の効率が大きく上がるよ。慣れてきたら、自分のけのびタイム最大値の6〜7割というもう少し細かい指標に切り替えていけば大丈夫。
1. 動画で蹴り出し直後の3秒を見る

ひとつ目は動画チェック。スマホでもアクションカメラでもいいから、プールサイドから自分のスタート・ターン直後3秒間を撮ってもらおう。チェックポイントは2つだけだよ。

- 蹴り出してから最初のキックまで、何秒・何メートルか
- その間、姿勢はまっすぐ保てているか

客観的に見てみると、自分のイメージより遅く打ち始めている人がほとんどなんだ。
2. けのびタイムを測る

ふたつ目はけのびタイム計測。壁を蹴ってから、無キック・無ストロークで滑り続けて、自然に止まるまでの距離・時間を測ってみて。

これが自分の「蹴り出し+けのび姿勢で稼げる最大値」だよ。レースではここまで全部使い切る必要はない。むしろ、この最大値の6〜7割のあたりで次の動作を始めるイメージが、ちょうど良い目安になるんだ。
3. 適切な水深で蹴り出せているか確認する

みっつ目は水深のチェック。蹴り出し直後の水深も、スピード維持に大きく関わるんだ。浅すぎると造波抵抗を強く受けるし、深すぎると浮き上がりに余分なエネルギーを使ってしまう。理想の水深について、こちらで詳しく整理しているよ。
4. 同じ距離で「すぐキック」と「けのび後キック」を泳ぎ比べる

よっつ目は泳ぎ比べ。これは僕が個別レッスンでもよくおすすめしている方法だよ。たとえば25mを、こんなふうに分けて泳ぐんだ。

- 蹴り出し直後にすぐキックを打ち始めるパターン
- 3キック目から始めるパターン
- 5キック目から始めるパターン

それぞれ泳いで、タイムと感覚を比べてみる。タイムだけじゃなく、「どのパターンが浮き上がり後のストロークを楽に続けられたか」も意識すると、自分に合うタイミングが見えてくるよ。

これなら、僕でも試せそうです!

ドルフィンキックそのものの最高速を引き上げたい人は、選択肢のひとつとしてキックフィンを使うと、水中での推進力の感覚を掴みやすくなるよ。
種目別・距離別のチューニング

もう一段だけ踏み込んで、種目・距離別の考え方も整理しておこう。あくまで「目安」だから、最後は自分の感覚と動画で調整してね。

大原則は、ここまで伝えてきた通り「けのびで蹴り出し速度を活かしながら、自分のキック最高速に落ちる手前でキック開始」。種目によって変わるのは、この基本軸そのものじゃなくて、「けのび時間をどれくらい長めに取るか・短めに取るか」という調整幅の方なんだ。
バタフライ

まずバタフライ。水中ドルフィンキックがレース動作の延長になるから、他種目に比べて水中で打ち始めるタイミングが早めになる傾向があるよ。でもこれは「とにかく即時打つのが正解」という意味じゃなくて、レース本体のキックリズムが既に頭の中にあって、その流れに水中の最初の1キックを乗せていくためなんだ。

早めに打つけど、焦って打つのとは違う、ってことですね。

その通り。大切なのは、蹴り出し直後にすぐキックを打ちに「行く」んじゃなくて、けのびで蹴り出し速度を活かしながら、自分のキックリズムが自然に乗る瞬間に1発目が入るという感覚。姿勢が整う前に焦って打てば、他種目と同様にスピードを失う。レース全体のキックリズムを優先するからこそ、水中時間も雑に消費しないのがバタフライの肝だよ。
自由形(クロール)

次に自由形。距離によってけのびの取り方を変えるのが基本だよ。50m・100mのスプリントでは、ストロークペースが速いから、水中時間も短めに切り上げて早めに浮き上がるスイマーが多いんだ。

スプリントは「すぐキック」になる、ってことですか?

いや、これも「すぐキック」を意味しないんだ。けのびで蹴り出し速度を活かしてから、最高速が落ち始める手前で1キック目を入れるという判断軸は変わらない。スプリントは「けのび時間が短くなる」だけで、「けのびを飛ばす」わけじゃないんだよ。

200m以上では、けのびを少し長く取って、レース全体のリズムを保つ方が結果的に速くなるケースが多い。前半飛ばしすぎず、最高速の活用と省エネのバランスを取る発想が活きるんだ。

浮き上がってからの最初のひとかきで失速しないために、水中で「次のストロークの準備」を意識しておくのも大切だよ。自由形の浮き上がりについては、こちらも参考になるよ。
背泳ぎ

背泳ぎ。スタート・ターン後の水中ドルフィンキック、いわゆるバサロは、水面下15m以内に頭が出るというWorld Aquaticsのルールがあるんだ。15m地点には目印もあるから、そこまでにしっかり浮き上がる前提でタイミングを組み立てるよ。

50mでは15m近くまで攻めるスイマーも多いけど、200mでは10m前後で浮き上がる人が多くなる。距離と自分の体力配分で調整してね。

ただし、いずれの場合でも「蹴り出し直後はけのびで滑る → 速度が落ち始める前にキック開始」の基本は変わらない。15m使えるからといって最初からキックを打ち続けるのは、姿勢崩れと過剰疲労を招くだけだよ。
平泳ぎ

平泳ぎは、ほかの3種目と少し事情が違って、「ひとかきひとけり」という独自の動作が入るんだ。スタート・ターン後の1サイクルで、どれだけ距離を稼げるかが勝負になるよ。

平泳ぎでは、他の3種目よりもけのびを少し長めに取るのが基本。1サイクルしか水中動作ができないルールの中で蹴り出し速度を最大限活かすため、ぎりぎりまで滑ってからひとかきひとけりに入る方が、結果として距離を稼げるケースが多いからね。

このひとかきひとけりの組み立て方は、平泳ぎ専用の話になるから、こちらの記事に詳しく書いているよ。合わせて読んでもらうとイメージが立体的になるはずだよ。
距離別の大まかな目安

距離別の大まかな目安もまとめておくね。

- 50m:水中時間は短めだが、けのびを飛ばすわけではない。落ち際キックの判断軸は同じ
- 100m:前半50mはやや攻め、後半は無理に長く水中に潜らない
- 200m:全レースを通してリズムが揃うことを優先。水中時間は少し短めでも可
- 400m以上:水中で稼ぐより、浮き上がってからのストロークでリズムを作る発想

距離が伸びるほど、水中で頑張りすぎないほうがいいんですね。
まとめ:正解は「自分のスピード曲線」のなかにある

長くなったから、要点をもう一度整理するね。

- 蹴った直後すぐキック vs けのび後キックに、絶対の正解はありません
- 判断軸は「自分のキック・ストロークで出せる最高速まで落ちる前に動き始める」
- キックに自信があるほど、けのびを少し長く取る余裕がある
- キックに自信がない方ほど、早めにキックを始めたほうが結果的に速いことが多い
- 動画+けのびタイム計測で、自分のタイミングを客観的に見直してみてください
- 種目・距離で最適解は変わります。まずは自分の主戦場でひとつパターンを決めて磨くのがおすすめです

蹴り出し直後の数秒は、レースのなかで一番速い区間なんだ。ここをどう設計するかで、種目によっては全体タイムが大きく変わってくるよ。

「いまの自分はどっち寄りで、どこをチューニングしたら伸びそうか」――その視点で、次の練習から1本ずつ試してみてね。きっと、感覚として何かが見えてくるはずだよ。

さっそく次の練習で、すぐキックとけのび後を泳ぎ比べてみます!
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「動画を撮ってもピンとこないので、一緒に確認してほしい」
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