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平泳ぎの長い物語:最も古い泳法が歩んできた進化の道

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4泳法の中で、平泳ぎだけが持つ特別な歴史があります。それは「最も古い泳法」だということです。

クロールは19世紀後半、背泳ぎが20世紀初頭、バタフライに至っては20世紀半ばに誕生しました。それに対して平泳ぎは、人類が水と関わり始めた古代から、自然な姿で泳がれてきた泳法です。

そして興味深いことに、現代のもう一つの泳法であるバタフライは、もともと平泳ぎから派生した「兄弟」のような存在でもあります。

この記事では、最も古く、しかし今も進化を続けている平泳ぎが歩んできた長い物語を、現役競泳指導者の僕が紐解いていきます。


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古代から続く「最も自然な泳ぎ」

平泳ぎの起源は、競技スポーツとしての歴史よりもずっと古いところにあります。

古代エジプトの壁画やアッシリアの彫刻には、人が水中で手足を左右対称に動かして進む姿が描かれています。これは、後に「カエル泳ぎ」と呼ばれることになる、平泳ぎの原型です。

顔を水面に出したまま呼吸ができ、左右対称の動きで安定して進めるこの泳ぎ方は、誰に教わらなくても自然に身につく動きでもあります。だからこそ、世界中のあらゆる文化圏で、ほぼ同じような形で泳がれてきました。

16世紀には、ドイツの学者ニコラス・ヴィンマンが世界初とされる水泳指導書「コリンベテス」を著し、その中で平泳ぎの動きを解説しています。スポーツ以前の段階から、平泳ぎは「水と人をつなぐ最も基本的な動作」として記録されてきたのです。


海を越えた泳法・ドーバー海峡横断の衝撃

平泳ぎが「実用の泳ぎ」から「物語を持つ泳法」へと変わる転機は、19世紀イギリスでやってきました。

1875年、マシュー・ウェッブという英国人船員が、史上初めてドーバー海峡を泳いで横断したと伝わっています。フランスのカレーからイギリスのドーバーまで、約34kmの冷たい海を、彼が選んだ泳法は平泳ぎでした。

20時間以上かかったとされるこの偉業は、当時の人々に「人間はこんなに長く泳げるのか」という驚きを与え、ヨーロッパ中で水泳熱を一気に高めるきっかけになりました。

長距離を顔を上げたまま泳げて、視界を確保しやすく、体力の配分もしやすい。平泳ぎは、競技以前に「サバイバルとしての水泳」の象徴として、近代スイミングの幕開けを告げる役割を担ったのです。


オリンピック種目としての平泳ぎ

近代オリンピックが始まったのは1896年のアテネ大会ですが、当時の水泳種目には「泳法別」という考え方はまだありませんでした。種目はあくまで「自由形」中心で、誰がどんな泳ぎ方をしても良かったのです。

平泳ぎが独立した種目として正式に登場したのは、1904年セントルイスオリンピックでのこと。男子440ヤード平泳ぎが、最初の平泳ぎ独立種目として実施されました。これが、現代の平泳ぎ競技の出発点です。

1908年ロンドン大会では男子200m平泳ぎが採用され、1924年パリ大会には女子の平泳ぎも加わりました。20世紀前半を通じて、平泳ぎは少しずつ「自由形」から独立した、ひとつの専門泳法としての地位を確立していきます。

1928年アムステルダムオリンピックの頃には、国際水泳連盟による泳法ルールの整備も進み、ようやく「これは平泳ぎ」「これは違う」という線引きが、世界共通で語られるようになっていきました。


バタフライとの分岐・1952年の決断

平泳ぎの物語の中で、最もドラマチックな転機が1930年代から1950年代にかけて訪れます。それは、バタフライとの「兄弟分離」と呼ぶべき出来事でした。

当時の平泳ぎ競技では、ルール上「両腕は左右対称に動かす」とだけ規定されていて、水面の上を腕が通って良いか・いけないかは明文化されていませんでした。そこに目をつけた一部のスイマーが、より速く泳ぐために、両腕を水面の上から振り戻す動き(=現代でいうバタフライの腕の動き)を持ち込んだのです。

従来の足は平泳ぎキックのまま、上半身だけバタフライ。今の感覚で見ると不思議な姿ですが、当時の試合ではこのスタイルが平泳ぎ種目の中で勝ち続け、記録を次々と塗り替えていきました。

「これは本当に平泳ぎなのか?」という議論が世界中で起こり、1952年のヘルシンキオリンピックを最後に、国際水泳連盟は決断します。バタフライ的な動きをする泳法は、平泳ぎから独立した「第4の泳法」として切り離す。こうしてバタフライは1956年メルボルンオリンピックから独立種目になりました。

つまり平泳ぎは、最も古い泳法でありながら、最も新しい泳法の母体にもなったということです。4泳法の系図でいえば、平泳ぎは家系の長兄のような存在と言ってもいいかもしれません。


日本人選手が刻んできた平泳ぎの系譜

平泳ぎは、日本にとっても特別な意味を持つ泳法です。日本人スイマーが世界の舞台で大きな成果を残してきた種目の中で、平泳ぎは常に中心にありました。

鶴田義行・日本人初のオリンピック金メダリスト

1928年アムステルダムオリンピック男子200m平泳ぎで、鶴田義行選手が日本人として初めてオリンピックの金メダルを獲得しました。これは、日本のスポーツ史全体を見ても画期的な出来事です。

続く1932年ロサンゼルス大会でも同種目を連覇。日本水泳の黄金時代の象徴となりました。

北島康介・現代日本平泳ぎの象徴

時代は飛んで2004年アテネ・2008年北京の両オリンピックで、北島康介選手が100m・200m平泳ぎの2種目を連覇するという快挙を成し遂げました。

「チョー気持ちいい」という名言とともに記憶に残る彼の泳ぎは、世界中の若いスイマーに「平泳ぎは速くてかっこいい泳ぎだ」と思わせる象徴的な存在でした。

日本人のフィジカル特性は、欧米のトップスイマーと比べて決して恵まれているとは言えません。それでも平泳ぎという種目で世界の頂点に立てたのは、技術と練習の積み重ねで体格差を埋められる泳法だからこそ、とも言えそうです。


現代平泳ぎの進化・「うねり」と潜水ルール

平泳ぎは「最も遅い泳法」と言われることも多いのですが、その中で速く泳ぐための技術は、今もなお進化し続けています。

うねり平泳ぎの登場

かつての平泳ぎは、キックで進んで・プルで前に伸びる、という比較的フラットな動きが主流でした。ところが1990年代以降、上半身を波のようにうねらせて推進力を生み出す「ウェーブ(うねり)平泳ぎ」が世界の主流になっていきます。

頭を入れる動きでお尻を高く上げ、その勢いを利用してキックを打つ。一掻き一蹴りごとに体全体が波打つようなフォームは、平泳ぎの常識を大きく変えました。

潜水ルール変更とドルフィンキック

もう一つの大きな進化が、スタートとターン後の潜水動作です。かつて平泳ぎでは、潜水中の動きは平泳ぎキック1回のみと厳しく規定されていました。

その後、World Aquatics(旧FINA)のルール改正によって、潜水中に1回のドルフィンキックを打つことが認められるようになりました。これによって、平泳ぎでありながらバタフライのキックも一部許容されるという、4泳法の中で最も複雑な構造を持つ泳法になっています。

ルールが変われば、技術が変わります。技術が変われば、トレーニングも変わります。平泳ぎが今も進化し続けているのは、World Aquaticsのルール整備と、現場の選手・コーチたちの工夫が、絶えず噛み合ってきたからでもあります。


平泳ぎを「歴史を知って」泳いでみる

ここまで読んでくださった方には、もう平泳ぎが「ただの一泳法」には見えなくなっているかもしれません。

古代エジプトの人々が水と関わるために身につけた動きが、長い時間をかけてスポーツになり、世界中のオリンピアンが命を削って磨いてきた泳法。そして、バタフライという新しい兄弟を生み出した泳法。日本人選手が世界の頂点に立った泳法。

その重みを少し意識しながら泳ぐと、いつものレーンで打ち込んでいる100mや200mの一本一本も、少しだけ違って感じられるかもしれません。

これまで多くのスイマーを見てきた経験から感じるのは、平泳ぎは技術習熟が記録に直結しやすい泳法だということです。タイムが伸び悩んでいる方は、力任せに頑張る前に、一度フォームを見直してみるのもおすすめです。歴史の積み重ねの上に、自分の一掻きが乗っている。そう思って泳ぐと、見え方が変わってきます。

4泳法それぞれの歩みは、シリーズで整理しています。平泳ぎを軸に4泳法を見渡すと、技術がどう影響し合ってきたのかがよりはっきり見えてきます。


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競泳ルールの変遷を横串で見たい人へ

本記事は平泳ぎ史に絞ってその歴史を追いましたが、4泳法に共通するルール変遷(スタート判定・潜水距離・装備規制・タッチパッド導入など)を横串で整理した記事もあります。あわせてどうぞ。

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