「知って楽しい水泳こぼれ話」、第11回です。今回は、イギリスとフランスの間を泳いで渡る「イングリッシュチャネル横断」を取り上げます。
先に結論
最短距離は約34kmですが、難しさは距離だけではありません。潮流、15〜18℃前後の水温、変わりやすい天候、船舶交通の中を、登録されたパイロット船と公式オブザーバーのもとで泳ぐ挑戦です。
最短約34kmをプールに置き換えると
ドーバー海峡の最も狭い部分は約34kmです。25mプールなら1,360本、往復で680回に相当します。ただし実際の横断では潮に流されるため、地図上の軌跡は直線にはなりません。泳ぐ人が勝手に最短線を選ぶのではなく、潮と船舶交通を読んで伴走船のパイロットが進路を導きます。
公式記録として認められる主な条件
代表的な公認団体にはChannel Swimming Association(CSA)とChannel Swimming & Piloting Federation(CS&PF)があります。細部は団体と部門で確認が必要ですが、標準的な単独横断では次の原則が中心です。
- 出発側の岸から海へ入り、反対側の陸地へ到達する
- 登録されたパイロット船と公式オブザーバーが同行する
- 通常の水着、ゴーグル、規定のキャップなどを使用し、保温・浮力を助けるウェットスーツは使わない
- 泳いでいる間は伴走船に触れない
- 補給は海に浮いたまま、船から渡してもらう
水温は夏でもプールよりかなり低い
CSAによると、海水温は6月末ごろの約15℃から、9月初めごろの18℃前後まで上がります。一般的な温水プールより大幅に低く、風や夜間の気温も体温低下に影響します。距離を泳げるだけでは足りず、冷水への段階的な順化と長時間の海泳経験が必要です。
CS&PFの単独横断では、16℃以下で6時間泳ぐ認定試泳が要件の一つです。それも本番準備の最低ラインであり、団体は単独でのオープンウォーター練習を勧めていません。
1875年のマシュー・ウェッブから続く歴史
CSAは、1875年にマシュー・ウェッブ船長が21時間45分で、最初の「観察下・補助なし」の横断を成し遂げたことを競技の起点として紹介しています。1926年にはガートルード・エダールが14時間39分で横断し、女性初の成功者になりました。
速さだけでは測れない理由
同じ海峡でも、潮、風、波、水温、出発時刻で条件が変わります。そのため単純な平均時間を出して、プール競技のように比較するのは適切ではありません。公式記録には時間が残りますが、まず安全に規定どおり完泳すること自体が大きな成果です。
個人で思いつきで挑む泳ぎではない
ドーバー海峡は船舶交通が多く、低水温と長時間運動の危険もあります。実際の挑戦には、公認団体への登録、健康確認、認定試泳、経験あるパイロット、補給や緊急判断を担うサポートチームが必要です。この記事の数字を自己流の海峡横断計画に使わず、最新ルールを必ず公認団体へ確認してください。
まとめ
イングリッシュチャネル横断は、約34kmを泳ぐ耐久力だけの勝負ではありません。冷水への順化、潮を読む航海技術、補給、サポートチーム、公式ルールがそろって初めて成立します。150年以上続く挑戦が今も特別なのは、泳者一人の力だけでは完結しないからでしょう。
「知って楽しい水泳こぼれ話」過去回
- 100年以上前、競泳の五輪はセーヌ川で行われていた話(第1回)
- 世界一深い60mプール「Deep Dive Dubai」── 水中に沈没都市がある話(第2回)
- 水温5℃以下の世界選手権「アイススイミング」の話(第3回)
- 沼の中を泳ぐ「ボグ・スノーケリング世界選手権」の話(第4回)
- イアン・ソープが代表選考会でスタート台から落ちた話(第5回)
- 日本水泳連盟が今も公認している「日本泳法」13流派の話(第6回)
- トンガでザトウクジラと一緒に泳げる話(第7回)
- マイケル・フェルプスが2008北京で8冠を取った話(第8回)
- 五輪に「障害物水泳」という種目があった話(第9回)
- 地上35mで透明アクリル床の「Sky Pool」の話(第10回)



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